小説の中にでてくるお酒についての四方山話


★ アルコール IN BOOK ★

 お酒に関する描写のある小説を、そのお酒とともに紹介し、つれづれなるままにコメントしたいと思います。このコーナーと作品のよしあしとはいっさい関係がありません。(1998/4/15更新)

スコッチ
「夜は若く、彼も若かった。が、夜の空気は甘いのに彼の気分は苦かった」
 ミステリ史上に有名な書き出しで始まる、ウイリアム・アイリッシュの傑作『幻の女』(ハヤカワ文庫)は、ハヤカワのミステリ・オールタイム・ベストで人気投票第一位を獲得したこともあります。
 妻殺しの罪をきせられた男のアリバイを証明できるのは、奇妙な帽子を被ったゆきずりの女でした。刻一刻と死刑執行の日が迫ってきます。唯一の目撃者「幻の女」はどこにいるのか? 女を捜さねば、男は死刑執行されるのです。
 その女と入った店で男はスコッチを注文しています。
 美酒ミステリー傑作選(河出文庫)によると、ウィスキーは、原料によって、モルト・ウィスキーとグレーン・ウィスキーにわけられるそうです。また、アイリッシュ、アメリカン、スコッチ、カナディアンの四タイプに大別されます。
 スコッチ・ウィスキーは麦芽のみを原料とするモルト・ウィスキーを代表するもので、十九世紀半ばまで癖の強い地酒であったため、必ずしも広くは飲まれてはいませんでした。それが蒸留器の発明で、香味の軽いグレーン・ウィスキーがつくられるようになり、今日の声価を得るようになりました。ブレンデッド・ウィスキーはこのふたつのウィスキーをブレンドしたもので、大半のスコッチがこのタイプだそうです。

バーガンディ
 アン・ライス作『夜明けのヴァンパイア』(早川書房)は、トム・クルーズが吸血鬼役をし、『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』として映画化にもなった吸血鬼映画です。
 この作品で、ヴァンパイア・レスタトはクリスタル・グラスをとりだすと、ネズミの喉を深く切って、その血をグラスに注ぎます。彼はバーガンディを呑むように、さも美味しそうにグラスを傾けるのです。吸血鬼は血を、赤いワインのように飲んだわけです。
 バーガンディとは、美酒ミステリー傑作選(河出文庫)によるとブルゴーニュ地方のことです。バーガンディ(ブルゴーニュ)地方産のワインを総称して地方名で呼ぶのです。
 バーガンディ地方は、ボルドーと並ぶ世界的な大銘醸地で、ボルドーが「ワインの女王」と呼ばれるのに対して、「ワインの王」と称えられるそうです。ボルドーに比べてアルコール度数はやや高め、味わいは力強く男性的だそうです。ボルドーでは何種かの葡萄を混醸して個性をだすのに対して、バーガンディ地方は単一の葡萄で作られることが多いそうです。色はいくぶん暗く濃いといいますから、血の色に喩えるのはふさわしいのでしょうか。

ギムレット(カクテル)
レイモンド・チャンドラーの「長いお別れ」(ハヤカワ文庫)があまりにも有名です。通過儀礼としてこれを避けるわけにはいかないでしょう。
 フィリップ・マーロウの友となったテリー・レノックスが言う。
「ほんとうのギムレットは、ジンとローズのライム・ジュースを半分ずつ、ほかには何も入れないんだ。マルティニなんかとてもかなわない」
 こういうのもあります。
「アルコールは恋愛のようなものだね。最初のキスは魔力がある。二度目はずっとしたくなる。三度目はもう感激がない。それからは女の服を脱がせるだけだ」
 こんな科白が書けたら、小説家冥利だと思うのでした。
 ただ、ジンとライムジュースを半分ずつだとかなり甘口のギムレットができてしまいます。
 このあたり、好みによるので、ジンとライム・ジュースの割合で甘口にも辛口にもなります。
 フランク・シスクの「冷えたギムレットのように」(美酒ミステリー傑作選・河出文庫)では、一口では飲めない辛口のギムレットがでてきます。この処方は、ドライ・ジン3/4、ライム・ジュース1/4の割合らしいです。以上をシェイクして素早く冷やし、カクテル・グラスにそそぐわけです。
 ギムレットはジン・ベースのカクテルですが、このジン、どういうお酒かというと、穀物(とうもろこし、大麦、ライ麦など)を主原料とする蒸留酒。無色透明、さわやかな香味をもつ辛口。カクテルに使われるのは、「ドライ・ジン」。ちなみにフルーツの香りをつけたスロー・ジンやレモン・ジンなどがあり、区別するために、こう呼ぶそうです。

バローロ(ワイン)
 ジェフリー・アーチャーの短編集「十二枚のだまし絵」(新潮文庫)の一編「焼き加減はお好みで…」ででてくるワインです。作品の内容とはあまり関係ありませんが、この作品は料理を仕掛けとして使っているので、ワインも雰囲気をだすのに一役かっています。その仕掛けというのは、結末が四つ用意されているのです。次のように。
・レア(レア)
・バーント(黒こげ)
・オーダーヴァン(焼けすぎ)
・ア・ポアン(ミディアム)
 読者はお好みの焼き加減になぞって、結末を選んで読むわけです。
 バローロはイタリアを代表するワインで、バローロ村とその周辺13の村で生産されるワインだけが名乗れるDOCG名。カエサル・ユリウスやフランス国王アンリ2世も味わったという。「ワインの王、王のワイン」というそうです。喉ごしは美鵞絨のような滑らかさ。バローロ・ブッシアとか、下にいろいろ名がつくのがあります。
 ただのバローロは、フォンタナフレッダ社の畑が有名だとか。19世紀イタリア統一をなし、初代国王となったエマヌエレ2世の息子エマヌエレ伯が、創設者。両親は身分の違いを超えて恋を成就させたといいます。その両親から土地をもらってワインをつくったのが、このバローロだそうです。
 大きな百貨店の酒屋さんであれば、手に入ります。安いのであれば2800円。普通で4000円前後。銀座では数寄屋橋の「ヴィーノ・ヴィーノ」というイタリア料理店でも飲めます。そこでは8000円。

サンマンデン・1970
テイラー・1927
シャトー・ギロー・1976
シャトー・ルーヴィエール・1978
シャトー・ラフィット・1978
モンタニー・テート・ド・キュヴェ・1985
シェヴァリエ・モンフラッシェ・レ・ドモワゼル・1983
 
 ジェフリー・アーチャーの短編集「十二の意外な結末」(新潮文庫)の一編「泥棒たちの名誉」で登場人物たちが味わうワインです。ワインネタの話です。内容は書きませんが、これだけのワイン、日本では手に入らないと思います。百貨店の大きな酒屋さんにいって捜したのですが、見たことがありません。とんでもなく高給なワインらしく、作者の贅沢な生活がしのばれます。さすがジェフリー・アーチャー。この人、もともとワイン通なのは間違いないでしょう。小説のためにわざわざ調べませんよ。酒をネタに文を書く場合、書き手はほとんどがのんべですね。断言していいと思います。
 ただ、調べたところによると、シャトー・ディケムは一九八〇年ものではないのですが、輸入されていることを発見しました(廣屋インターナショナル)。ところが、これが、一本20万円(だれが飲むんじゃあ!)。このワイン、甘口ワインの最高峰だそうです。イケム家に嫁いだリュル・サリュース伯爵家が2世紀にわたって所有しているシャトー(ソーテルヌ)の産で、20年目頃から飲み頃に達し、60年は余裕で耐えます。色はオレンジがかった琥珀色です。世界三大貴腐ワインのひとつだとか。
 世界三大貴腐ワインとは、ドイツのトロッケンベーレンアウスレーゼ、ハンガリーのトカイ・アスー・エッセンシア、それにこのシャトー・ディケムのこと。貴腐ワインとは、糖度を高めた葡萄からつくられる極上の甘口ワイン。芳醇な香りと濃厚な口当たりが特徴どいいます。私はまだ飲んだことがありません。

(参考文献:ワインベストセレクション260・監修・浅田勝美・日本文芸社刊)

 
クラレット、モーゼル、ライン、ガイエルスレイ・オーベリスベルク・1945(モーゼルの一種)
 ロアルト・ダールの短編集「あなたに似た人」(ハヤカワ文庫)の「味」で、会話にのぼったワインです。一から三番目の銘柄であれば、酒屋さんで手に入りますが、四番目となると、どうなるか。この作品はワインの蘊蓄がごまんとでてきますが、なにより、インパクトがあるのは、ワインそのものよりも、リチャード・プラットという登場人物のおじさん。分厚いベトベトした唇(俗に言うタラコ唇)で、ピチャピチャ音をさせながらワインを味わうので、ワインの高級感もあったものではありません。とにかく、読むと、しばらくはワインがまずくなるかも……。

 
電気ブラン
 竹書房からでている、漫画家、須藤真澄先生作のデビュー短編集です。  下町レア・ネタのマンガ短編集です。タイトルにはなっているのですが、作中には詳しくでてきません。
「電気ブラン」は浅草・神谷バーで飲めるオリジナル・カクテルのこと。最近では市販もされているのですが、どうせなら元祖である神谷バーで飲みたいものです。ちなみに神谷バーは日本で一番古いバー(自称?)だそうです。昔は食券を買って飲んでいました。一階がバーになっているのですが、いつも満席で座れません。ですから、二階のレストランのほうにいくのが正解です。二階でも「電気ブラン」は飲めます。このカクテルの成分や由来については、当店に電気ブランの小冊子がおいてあり、詳しく書いてあります。現在あるのは二種類。アルコール度数を落として飲みやすくしたものと、「電気ブラン」が作られた当時のものを再現したオリジナルのものと。オリジナルの方はアルコール度数が高くて、よほど酒飲みでなければ、なかなか飲めません。とろりとした甘みがあって、口当たりもいいです。ただ、アルコール度数を下げたものでも、通常のお酒と比べるときついものなので、お酒に弱い人では一杯飲むのもつらいでしょう。
 ちなみに須藤真澄先生は、私(荻野目)と高校の同級生でした。最近は連絡とっていないので、いまどうしているんでしょうねえ。本はちゃんとだしていますので、元気だとは思うのですが。

 
契(ちぎり)
 コバルトでご活躍中の桑原水菜先生の「炎の蜃気楼」シリーズを題材にしたロゼワインです。私(荻野目)が上杉祭りに旅行した際、米沢市(上杉城市苑、大沢米沢店、米沢駅キオスクとかにあるとか)で売っているという案内を見ました。限定千本だそうで、私は汽車の時間の関係もあり、買求められず、味見はできませんでした。これは東北芸術工科大学デザイン工学部デザイナ学科の女子学生の方が、企画からワインの味、瓶の形、ロゴまで開発全般に関わったものだそうで、女性好みの味になっているとか。売れ行きがよければ、今秋量産するそうです。完全に企画物のお酒ですね。作中にはでてきません。以前、私が水上SF大会にいったときにも、野田昌弘大元帥閣下の「銀河乞食軍団」にちなんだ限定ワインが発売されていました。人気作はこういった展開もするんですねえ。
 ちなみに「炎の蜃気楼」は男性読者や純情な歴史ファンは拒絶反応をするかも……。

コニャック
   
 ジャック・ヒギンスの創造した名キャラクター、リーアム・デブリンは数作に登場します。IRAの兵士で、酒好き、皮肉屋、博識と味わい深い人物です。ヒギンスの冒険小説の傑作「鷲が舞い下りた」(ハヤカワ文庫)で初登場を果たしますが、そのときにアプヴェールZ部第三課課長のマックス・ラードル中佐からコニャックをすすめられて答えます。「アイルランドのものではないが、これで充分間に合う」。チャーチル首相誘拐計画の工作員としてイギリスに潜入する依頼を受けて、三十分で一瓶あけてしまいます。成功の見込みは皆無に近い計画です。まさに飲まなきゃやってられねえという感じです。(でも、この人はなにもなくて飲み干してしまうでしょうけど)
 コニャックとは、ブランデーの銘柄のひとつで、もともとはフランスのコニャック地方産のものを言ったようです。同じくブランデーにはアルマニャックがありますが、これはコニャック地方より南のアルマニャック地方産のものを言いました。両者ともほぼ同じ品種の葡萄を原料にしているそうですが、蒸留法の違い、熟成に遣う樽材の質の違いから、コニャックはエレガントさ、アルマニャックは男性的舌触りを特徴とするようになったそうです。
 ブランデーのことを少々述べます。美酒ミステリー傑作選(河出文庫)によると、ワインを蒸留した薬用酒「生命の水」がその起源で、フランス西南部のコニャック地方が最初に、普通の蒸留酒として商業ベースで生産を始めたそうです。ヴァン・ブリュレ(ヴァンはワイン、ブリュレは焼いたの意味)と称しましたが、オランダの貿易商人がそれを直訳して、ブランデウェインと呼んだのが、ブランデーという言葉の起源だそうです。

ロマネ・コンティ
   
 開高健氏の有名な小説に「ロマネ・コンティ・一九三五年」がありますが、ここでとりあげるのは、故・池田満寿夫氏の短編集『ロマネ・コンティ』(中公文庫)です。タイトル通り高級赤ワイン、ロマネ・コンティが題材です。
 登場人物たちがワインについての蘊蓄を述べています。
「ワインは女だね。女には性悪もいれば高貴な人もいる。すくなくとも男よりは生理的で気分屋だ。デリケートだね。それに女は男しだいで上品にもなれば下品にもなる。優しく大事にしてあげれば少し位性悪女でも良くなる。またどんなにいい女でも悪い環境にいればいたんでくる。いずれにしても優しく保護してあげなければならない。ワインはね、土壌やその年の気候によってブドウの優劣に激しく影響されるものなんだ。しかしどんなにいいワインでも保管がいいかげんだと味が落ちる。だが、ここが面白いんだがいいワインは一度駄目になっても正しいやり方で保管してやるとまたもとの良さにもどるんだな。もともと品性のいい女は逆境に遭っても、誰れかが優しく保護してやれば、前の品位を取りもどせる。品位の悪いワインは一度保管に失敗したら二度ともどらない」
 また、ロマネ・コンティについては、
「あらゆる犠牲を払っても飲みたいと思っているわけでもなかった。ワインは女と似ていても、所詮は喉元を通りすぎていく女である。こいつと一緒に住むわけにはいかない。全財産をつぎ込む対象ではなかった。運がよければめぐり会えるかもしれないが、こちらから求める相手ではない」
 多々反論もありましょうが、面白い意見ではあります。
 作中ではロマネ・コンティを地上最良のワインと呼んでいます。
 美酒ミステリー傑作選(河出文庫)によると、ロマネ・コンティは世界でも最高峰の赤ワインといわれています。ブルゴーニュの産です。ちなみに、ブルゴーニュ(バーガンディ)地方は、ボルドーと並ぶ世界的な大銘醸地で、ボルドーが「ワインの女王」と呼ばれるのに対して、ブルゴーニュは「ワインの王」と称えられます。ボルドーに比べてアルコール度数はやや高め、色はいくぶん暗く濃い感じで、味わいは力強く男性的です。ボルドーでは何種かのぶどうを混醸して個性をだすが、ブルゴーニュ地方は単一のぶどうで作られることが多いそうです。
 ロマネ・コンティ(Romanee-Conti)は、ブルゴーニュでも偉大なワインが最も多く集中しているコート・ドール県のヴァーヌ・ロマネ村で産出されますが、年間生産量は六千本程度と少ないため、幻のワインとして知られています。バランスがよく、芳醇な香り、ビロードのような口当たりが特徴とか。
 といっても、池田満寿夫氏の作中での評通り、「運がよければめぐり会えるかもしれないが、こちらから求める相手ではない」ですね。いったい何十万円するんでしょうか?


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